光風湯圃べにや
“地域と自然の良さを素直にトレースする”
べにや旅館はあわら温泉で135年余りの歴史を誇り、建物は有形文化財に指定されていたが、2018年に火事で建物が消失するという悲しい出来事が起こった。再建するにあたって我々が大切にしたのは、単に以前の数寄屋旅館をノスタルジーとして再建するのではなく、べにやの記憶を大切にしながら、未来につながる新しいべにや旅館をつくることだった。
初めて「べにや」に訪れた時のことを覚えている。そこは光の迷宮だった。くの字に曲がって長く薄暗い廊下、どこまでも続く軒のつながり。それを見た時、私は旅館が持つ魅力とは何かを理解した気がした。それは新築にはない、群として建築、それも時代が積み重なった、その場その場の不合理な増築感である。その時代の変化を感じることができる空間が、旅館の真髄だと気づいた。
あわら特有の光と風、水、温泉熱などの穏やかな自然の力を借りながら、心地よさを素直に丁寧に拾い上げていき、二つの時間の流れをどうデザインしていくかを考えた。一つはこれまでべにや旅館がつないできた長い歴史という流れ、もう一つが1日の時の流れだ。
その鍵となったのが、2個で1セットとした客室である。2つの客室を坪庭でつないで一つの棟とした分棟形式を採用し、軸をずらしながら雁行させて配置。それによって、焼けることなく残った北側の庭と新しく設けた坪庭という二方向の庭に開くことが可能となった。トップライトを設けて基本的に三面採光とし、全居室だけでなくトイレでさえも自然光が入るようにした。
平屋建てなので北庭にも光と風が導かれ、水面に光が反射し、障子・すだれを通して柔らかい光が室内を満たす。九頭竜川に沿って流れる南北方向の卓越風を東西に延びる建物の配置によって受け止め、随所に開閉可能な建具を設けて各室にとり入れることで、自然と一体となる空間を実現している。
17室ある客室はすべて異なる意匠にしている。全室の間取りや意匠、仕上げをすべて変え、あえて差異をつくることで新旧が融合し、時間の経過を感じさせるデザインにした。坪庭がつなぎとなり時には緩衝帯となって、軸線を少しずつずらしながら奥へ奥へと建物が雁行していくさまは、かつてのべにや旅館を彷彿とさせるのではないだろうか。
- Jaar
- 2021






