福岡ベクターズ

Video © SAKO Architects
写真 © Misae Hiromatsu

福岡市天神地区に建つ本計画は、都市再構築の渦中にある地方中核都市において、中規模オフィスビルの設計可能性を拡張する試みである。政令指定都市中でも人口増加率が最も高い福岡市では、都心回帰の流れに伴い、働く場に対する多様な要請が顕在化している。高温多湿化とエネルギーコストの上昇、都市のヒートアイランド化といった複層的な課題に対し、本計画では、建築のデザインと性能、そして都市空間との応答性を統合的に捉え直すことで、持続可能かつ魅力的な都市型ワークプレイスの新たなモデルを提示した。

建築の顔となるファサードは、9ミリ厚の鋼板によって構成された格子状のルーバーシステムにより形成されている。120のセルから成るこのグリッドは、各部の奥行きを数十ミリ単位で調整し、全体として微細な曲面を描きながら立体的な陰影を生み出している。ルーバーの奥行きは、日射シミュレーションと周辺建物との関係性をふまえ、局所的に最適な形状を導き出して決定された。各ルーバーの向きは統一されているが、その奥行きは建物の向き、太陽高度、視線の抜けなど多様なベクトルに呼応して場所ごとに異なり、光と影の分布を空間的に制御している。これにより、年間の空調負荷を約4.3%削減できる見込みであり、環境性能とデザインの融合を具体的に示す要素となっている。

このファサードは、昼夜でまったく異なる表情を見せる。日中は9ミリという極めて薄い鋼板の小口がシャープな陰影を刻み、端正で精悍な表情を建築全体に与えている。一方で夜間には、各グリッドの足元に設置されたLEDアッパーライトが市松状に鋼板ルーバーを照らし出すことで、小口に強い外光が当たらず、鋼材としての物質感が消失する。その結果、ファサードの構成要素であるルーバー自体が闇に溶け込み、光のパターンだけが宙に浮かび上がるような幻想的な視覚効果が生まれる。硬質な素材と光の無重力的な演出が対照を成し、時間とともに建築の読み取り方が反転するような都市体験を提供している。

ここで注目すべきは、従来のアルミ建材に代わり鋼板を選定した点である。ヤング率が約3倍と高く、同厚でもたわみが1/3以下となる鋼は、ルーバーを薄く・細く見せつつ構造的安定性を保つことができる。熱膨張係数がアルミの半分であるためジョイントを最小化でき、耐候性・加工性・表面処理の選択肢も多い。特に今回は、溶融亜鉛メッキ後にリン酸処理を施し、深みのあるマットな質感を実現している。また、全国に点在する鉄骨ファブリケーターのネットワークを活用することで、コストを抑えながら精度の高いカスタム加工を可能とした。

都市との接続性においても、本計画は敷地条件を読み解きながら空間構成を練り上げている。天空率を最大限に活用することで、道路斜線をかわしつつ矩形のプランと端正な立面を確保。1階には植栽とベンチを備えたアプローチ空間を設け、都市の歩行動線に対して小さなポケットパークとして開かれている。最上階には、東側に博多湾を望むカウンターを備えた共用テラスと、10階オフィス専用のプライベートテラスを配置。地上・中層・高層それぞれにおいて、都市景観への参与と内部空間の快適性を同時に担保している。

設計・施工のプロセスにおいても、ファサードと構造体を一次アンカーで接続し、取付金物を極限まで削減。レーザースキャンによる誤差補正で、現場での微調整ゼロを目指すなど、構法的にも高い完成度を追求した。加えて、災害時の事業継続性や地域貢献の観点も評価され、同規模オフィスとしては稀有なDBJ Green Building 認証★4を取得している。

“福岡ベクターズ”というプロジェクト名には、都市空間の中で複数のベクトルが交差しながら、それぞれが独自の意味と機能を担うという設計思想が込められている。日射条件や都市文脈に応じて場所ごとに調整されたルーバーの奥行き、変化する自然光や人工光に応答する陰影、内部と外部・昼と夜で異なる空間の表情——それらすべてが、建築を構成する静かだが多様な「方向と力の集積=ベクター」の連なりとして読み解くことができる。この建築は、中規模オフィスという制約の中に、都市的応答、構法的柔軟性、環境的合理性を高次元で融合させる設計的挑戦の成果である。

写真 © Misae Hiromatsu
写真 © Misae Hiromatsu
写真 © Misae Hiromatsu
写真 © Misae Hiromatsu
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写真 © Misae Hiromatsu
写真 © Misae Hiromatsu
写真 © Misae Hiromatsu
写真 © Misae Hiromatsu
写真 © Misae Hiromatsu
写真 © Misae Hiromatsu
建築家
SAKO建築設計工社
場所
4-7-5 Tenjin, Chuo-ku, Fukuoka, Japan,
2024
クライエント
Ascot Corp.
チーム
Principal Architect: Keiichiro Sako
Landscape Design
SAKO Architects
Interior Design
SAKO Architects
Lighting Design
SAKO Architects
Landscape Design
SAKO Architects

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