ドイツ文学者の家
重層する空間体験
この家を設計するにあたり、住まい手の著書『語りの多声性』(長谷川純著、鳥影社、2013年)を手にした。デーブリーンの小説『ハムレット』(1970年、筑摩書房)についての研究書である。物語を語り手からの一方的な「語り」として読む(聴く)のではなく、登場人物すべてを含む多声の「語り」を聴くことにより、従来の解釈の限界を越え、作品の意味の豊かさや創造性を汲み取る可能性を示唆している。表紙絵はヴィルヘルム・ハンマーズホイによる「4つの部屋」である。開かれた扉の向こうに薄暗い部屋の連なりが沈んだ色調で描かれており、部屋に差し込む光が移行する時間の変化を僅かに感じさせる。今立っている場所と向こうに見える風景との間に、奥行きとそこに流れる時間の変化が感じられる。その様相にこの住宅のあり方が予見され、物語の「多声的語り」を「聴く」ことの豊かさが建築的な空間体験の豊かさと通底すると感じた。
西馬込一帯の尾根部の高台に位置する敷地は旗竿形状であり、幅2m奥行10mのアプローチは西側公道から東へ僅かに下り、台形状の敷地の東側隣地は約5.5m下にある。隣地の屋根越しに遠方への眺望が得られることと、アプローチの見返しに開放性をもつ環境を活かすことを念頭に計画を始めた。
建物は2層の天井高さの居間を中央に配置したL型の平面をもつ。居間は西側の庭と東側の眺望が感じられる場所であり、その空間からはみ出るように天井高さが低く抑えられた食堂が東南へ斜めに張り出している。ここからは東側の風景が一望できる。吹抜け内の階段を上がると、衝立によって狭められていた視野が開け、見下ろした吹き抜けの先に食堂が垣間見える。緩やかに傾斜した天井に促され、水平に連なる窓の外に風に揺れる梢を感じながら廊下を進むと書斎がある。机からふと目を上げると窓に切り取られた景色が見える。外部にはコルテン鋼の小さなゲート、白花と黄花の咲くアプローチ、バラの衝立、ガラス庇のポーチ、常緑・落葉樹が配された西側の庭、東側の低木や赤花の垣根といった場所毎にその特徴を活かす設えが施され、建物内部と多様に関係づけられている。その内外に身を置き、季節の変化と日々の太陽の動きを感じ、移行し、佇み、考えに耽る。目覚め、食事や会話に花を咲かせる。日常の生活行為の何気ない所作の中から得る重層する空間体験が、住まい手や訪問者に多声的に読み取られ、その心の中で醸成され、深い記憶や豊かな経験に昇華することを求めた。
建築概要
主要用途:一戸建ての住宅
敷地面積 169.13m2
建築面積 80.62m2
延床面積 119.82m2
階数 地上2階
構造:木造(在来工法)
- 年
- 2016
- Project Status
- 竣工済





























